無謀なのか余裕なのか「下駄で歩いた巴里」林芙美子
自分の日常では味わえないノンフィクション旅ブログはお好きですか?
という訳で今回ご紹介の書籍はこちら。
林芙美子がベストセラー「放浪記」を書いた後に書かれた旅行記。
北京、哈爾濱、西比利亜、巴里、そして国内も。
現代でも世界中を旅してまわりそれを記事にしている人は多い。この本は小説ではないのでそっちに近い感じがする。
一番好きなのは巴里に行く途中の列車内での事を記した「西比利亜の旅」での露西亜人女性とのやり取り。
”私は戦争の気配を幽かに耳にしました。-空中に炸裂する鉄砲の音でしょう。(中略)夜明けにかけて、停車する役々では物々しく志那兵がドカドカと扉(ドア)をこづいていきます。
激しく扉を叩きに来ますと、私の前に寝ている露西亜の女は、とても大きな声で何か怒鳴ります。きっと、「女の部屋で怪しくはないよ」とでも云ってくれているのでしょう。私は指でチャンバラの真似をして恐ろしいと云う真似(そぶり)をして見せました。露西亜の女はそれが判るのでしょうか、ダアダアと云って笑いだしました。” ー「西比利亜の旅」
旅先での出会いとはとても印象深く、旅の多いなる醍醐味と言ってもいいと思う。
しかもこの時は時世の安定していない昭和6年満州事変の頃。生死がかかった状況で、着物を着た一人旅の女を周囲の人々は柔らかく見守る。
林芙美子の人間性
私は林芙美子本人は当然ながら知らないが、当時の周囲の評判などから察するに、絶対に友達になりたくないタイプだったと推測される。なぜなら林芙美子という人間はどうやら
- 貞節を美や正義だと思う女性から考えると真逆の生き方
- 冒険したいと思う女性から見ると自分が出来ない事をなんでも思い付きでやってしまう大胆さ
- 傑作を生みだそうともがく作家(主に男性)からは自由すぎる作品を生み出す異端に思える
- 後先考えず行動する上に困った時は人に頼る。
- 振り回された人間は結構(精神的に)置いてけぼりを食らうが、林本人は我関せず
と、全方位から嫌われる要素満載な上に、人間性としても寂しがり屋で男好きなくせして煩わしい事を嫌い他人を酷評する癖があるようだ。私の知人にもここまででもないがその要素を満たした人物がいて、当時の林の周囲の人物の心境は察するに余りある。
作者の人間性をいったん忘れてみる
ただ、林芙美子という人間性を忘れて、純粋に作者不明の旅ブログとして読むととても面白かった。だって昭和一桁の時代にたった一人でしかもほとんど外国語全般が喋れない(と本人は言っている)女性が住む処も決めずに鞄一つ持って着物で巴里をうろうろしてたなんて、想像するだけで拍手したくなっちゃう。なにやってんだ!(笑)
他にも、お金がないからというフランス人女性が数日部屋に転がり込んで来たり、自分自身も帰るお金がないかも…と焦ってみたりと「旅先であったら一生覚えてられる驚愕の思い出」オンパレードなのである。
文体を楽しむ
旅行記としても楽しいのですが、なんというか文体が好み。
単純に昭和初期の作家の言い回しが好きなだけかもしれませんが…。
なんというか、ノスタルジックというよりノスタルヂヤ、みたいな(笑)
通勤中の電車内で読んでいて、自由な林の行動力に憧れたり憧れなかったり(笑)した一冊でした。